目の不自由な方が地下鉄の駅のホームより転落し死亡された悲惨な事故を教訓とし、警備員を配する等の対策が講じられている光景を各所で目にする機会が増えました。
自身も少なからず意識しており、そのような方を目にするたびに出来るだけ注意を払うようにしてきたつもりです。
時には実際に手をお貸しすることもあったのですが、自身が急ぐばかりに自身のペースでご案内したこともあり、そんなときはハッと気付かされたことも経験しています。
先日はあるところで、明らかに同じ駅に向かおうとされていた目の不自由な方を駅構内まで丁寧にご案内される様子を目にしたのですが、観光客だと思われる男女二人組が横断歩道を青信号で渡られていたその方々の前を自転車に乗り平然と通り過ぎていきます。
お二人はそれに足を止めることになったのですが、そんなことには一切気にするそぶりもなく談笑しながら過ぎ去って行くのです。
そのような光景には少なからず腹立たしい気持ちにもなったのですが、ふと気が付くとそれに対して何もしていない自身があるのです。
やはり同じ駅構内に向かわれ、ご案内されていた方も一緒に改札の中に入られるのかと思いきや、駅員に引き継がれ「それではお気をつけて」と声を掛け元の方向に向かって出て行かれるのです。
正直ショックでした。
同じ駅に向かい、そして同じ始発電車に乗ることは推測出来たにもかかわらず、一切関係ない方がご案内されていたのですから…。おまけに自転車の二人組に対して腹立たしい気持ちになっていた自身に対して「お前は一体何をやってるんだ」とのとても残念で恥ずかしい気持ちになりました。
その気持ちはあっても一瞬でも躊躇することにより結局のところ実行に移すことが出来ない典型的な例であり、結果だけを見れば何もできなかったことになります。
明らかに必要な実行力を発揮するためには、時には瞬時の判断力も必要になるのかもしれません。